連載 No.53 2017年04月16日掲載

 

氷の中の自画像


今回の作品は、2011年の個展用に仕上げたものだ。

4月に開いた展覧会は東日本大震災から1か月もたっていないこともあり、

余震が続き、会期や時間の短縮なども考えられ、先が見えないままスタートした。

それでも暖かくなった5月には来場客が増え、

多くの方の協力を得て、何とか予定してい数の作品を購入してもらうことができた。



制作準備中も計画停電や写真材料の調達に苦労したが、特に手配が難しかったのが印画紙だ。

製作に必要な材料は前もって準備してあるが、国内で調達できるものは通販で注文すれば翌日には届く。

それが震災の影響で届かない。

問い合わせると、倉庫が被災したなどのさまざまな事情で、あきらめるしかない状況だった。



展示作品の半数以上は仕上がっていたが、明らかに印画紙が足りなくなって、

やむなくストックしてあったビンテージの印画紙を使用することにした。

そのため、この展覧会で販売した作品には、今では手に入らないブランドで仕上げたものがある。

現在制作しているものとはサイズ、色調、質感等がわずかに違う。

震災の年ならでわのエピソードである。



2カ月の会期中、来場者は次第に増えていった。

しかし美術品を購入するという精神的な余裕を回復するには、もっと長い時間が必要だったのだろう。

さまざまな意味で、これまでのライフスタイルを見直した人も多かったのではないかと思う。

当時の購入者には特別な感謝の気持ちを覚える。

これはその時に販売した作品のひとつ。水たまりの中の氷を撮影したものだ。



「顔に見える」。購入した人はそういった。

さらに「ヘッドホンをして音楽に聞き入っているご機嫌な顔だ」と説明してくれた。

これが目で、これが口で、ここにヘッドホンがあって、と話を聞くうちに少しずつ顔に見えてきた。

そうなってしまうと顔にしか見えなくなった。

しかも、なんだか自分の顔のような気がして、

それ以来、この作品は私のセルフポートレート(自画像)だと思うようになった。

写真家のセルフポートレートは鏡やショーウィンドー、地面の自分の影を撮影したものなど、ちょっと癖のある表現が多い。

セルフポートレートが氷の中にあるというのは自分らしいのではないかと思っている。



写真学校の学生のころはさまざまな課題があり、

家族、友人、故郷など、具体的なテーマに苦労したが、セルフポートレートというのは出されなかった。

もしその課題が出ていたら、変わり者の多い学校のことだから、

コスプレやヌード、特殊技法なんかで、個性的で面白い作品が見られたことだろう。